心と経営の力学 【No.33】 これからの時代、組織の結束力と牽引力を高める接着材となるのは?
緊急事態が解除されたものの、再流行の懸念が残っていることから経済の再始動も手探り感は否めず、また海外との行き来や取引きについては未だ見通しが立たたない部分が多くあることから、大勢のエコノミストが「経済活動が完全に元通りになるのには相当の時間を要するだろう」との見方をしています。なかには3年~5年とかなり長い予想をしている方もあります。
こうした状況を踏まえ、また、これまでの2ヶ月を振り返った時に、会社内/外の環境変化や、ご自身をはじめ社員の心境にもさまざまな変化があったと思われます。
コンサルタントという立場上「この先、時代がどのように変化していくのか?」といった質問をよくお受けしますが、これまでの時代の延長線上にない変化が起きているだけに、予想できない部分が多いというのが正直なところです。
しかし、この2ヶ月間の世の中の変化を、いくつかの原理原則に当てはめると、予想できることもいくつかあります。なかでも次の2点ついては、予想というか既に起きていることであり、今後の企業活動を考える上でたいへん重要だと考えています。
1つ目は、価値観が大きくシフトした。
今回は「生命を脅かされる」「親しい人との断絶を余儀なくされる」といった、これまでに体験したことがないような状況が長期間続きました。このため「価値観が大きく変わった」、「あらたな価値観を持つようになった」という方が大勢いるように見受けられます。
特に、物質や経済的な豊さの追求から、精神的な充足や心の繋がりを重視する人が一気に増えたように感じます。
近年、こうした価値観の変化が年々増加はしていましたが、コロナの影響により、飛躍的に増えたのではないでしょうか。
2つ目は、コミュニケーションの質が大幅に変わった。
3蜜回避の一貫として、面と向かってコミュニケーションをとる場面が大幅に減少しました。社内においても、リモートワークの推進や輪番勤務を余儀なくされていることから、直接コミュニケーションをとる場面が大幅に少なくなっています。
「必要な事を端的に伝えるようになった」という点ではよいことだと思います。一方で、日本人が得意としてきた、周りの雰囲気や、相手の表情・声・行動などを通して自然に伝わっていた、いわゆる「非言語コミュニケーション」も大きく減ることになりました。
このような2つの大きな変化が起きているなかで、組織を引続き有効に機能させていくためには、どんな事に取り組む必要があるのでしょうか?
ここで、参考になりそうな視点を1つご紹介します。
アメリカの電話会社の社長であり、有名な経営学者でもあったバーナードは、組織が成立・機能するための重要な3要素として、次を挙げています。
①共通の目的をもっていること(組織目的)
②お互いに協力する意思をもっていること(貢献意欲)
③円滑なコミュニケーションが取れること(情報共有)
私は、これを知った2006年から、さまざまな組織やプロジェクトをこの3要素の観点から見てきました。そして、何かを達成するために2人以上で行う活動では、この3要素が必要不可欠で、またその実施レベルに応じて、成果の大きさやスピードが変わることを体感してきました。
皆さんが会社全体や自部門、プロジェクトの成果を、この視点で見た時に、どの程度当てはまりそうでしょうか?
さて、もう一度質問に戻ります。
コロナの影響により、価値観やコミュニケーションの質が大きく変化する中で、今後も組織が機能し、成長していくためには、どんな変化が求められるでしょうか?
私は、経営者やリーダーの皆さんが、これまで以上に目的を明確にし、それを伝えることが、必要不可欠になると考えています。
一般的に、人を行動に駆り立てるためには、次の何れかが必要だと言われています。
①心底好きである・大義に根ざしている・共感できる
②自己成長・責任・賞賛
③金銭的報酬
④強制力
自発的な行動度合いもこの順番となりますが、これまでは、③金銭的報酬や④強制力でも、ある程度社員や部下を動かすことができました。しかし、価値観のシフトが起こり、また雰囲気で伝わっていた非言語コミュニケーションの部分が少なくなると、これまでと同様の方法で人を動かすのは一気に難しくなっていくでしょう。
結果的に、①心底好きである・大義に根ざしている・共感できる、②自己成長・責任・賞賛、の重要性が益々高まっていきます。
とくに、 今後、関係者をより強く突き動かすためには ①心底好きである・大義に根ざしている・共感できる、が大きなカギとなるでしょう。
これは、周囲だけでなく、自分自身を行動に駆り立てるためにも重要です。純粋な思い(欲)は、何にもまして強く人を動かします。
それでは、どうのようにして「心底好きである」や「大義に根ざしている」を明確にすればよいのでしょうか?
端的に言えば、自分自身と深く向き合うことでしか、その答えは見つけられません。
そのための、具体的な手法の1つが「なぜ(why)」「なぜ(why)」を徹底的に繰り返すことです。
問題の根本的な原因究明と解決策を得る手法に、なぜを5回繰り返す「なぜなぜ分析」という手法がありますが、今回は自分の価値観を深く掘り下げていくことが目的なので、前の原因(なぜ)を次の原因(なぜ)が支える階層構造となっている必要はありません。
実現したい事や、解消したい問題など、何らかのテーマを設定して「なぜ」自分がそう思うのか?をできるだけ多く列挙していきます。もうこれ以上、考えられないと思ったところからが勝負です。
このため、少なくとも12個以上列挙することを目標にします。もし、短時間で12個を列挙できるようであれば、さらにそこから10個以上列挙してみるとことをお勧めします。
自分の根底にある価値観に気付くことができれば、「心底好きである」や「大義に根ざしたやりたいこと」を明確に設定できます。さきほどの組織の構成要素の中の「目的部分」を高いレベルで明らかにすることができます。
また、その思いが強ければ強いほど、自然と周囲の共感を呼ぶので、それを伝えるためのコミュニケーションに長い時間をかける必要はなくなります。そして、共感が得られれば、貢献意欲を喚起することも容易となります。
ここで、「なぜ」を明確にすることの威力についてのエピソードを紹介します。
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【エピソード1】
新しい教会が建設されている町を、ある旅人が通りかかりました。
そこで、出会った3人の石切り職人に「何をしているのか」と聞いたところ、それぞれ次のように答えました。
1番目の職人は、「これで暮らしを立てているのさ」と答えました。
2番目の職人は、手を休めず、「国中でいちばん上手な石切りの仕事をしているのさ」と答えました。
3番目の職人は、目を輝かせながら、「多くの人々の心の安らぎの場となる教会を作っている」と答えました。
これは、ドラッガーの「マネジメント」の中で紹介されている3人の石切工の逸話です。どの石切工が、状況が大きく変化したとしても、自発的に、情熱的に仕事に邁進し続けると思うでしょうか?
また、経営者やリーダーとして、どういうレベルの目標を設定し、貢献意欲を引き出すためにどんな伝え方が必要となりそうでしょうか?
【エピソード2】
1903年に世界ではじめて有人動力飛行に成功したのはライト兄弟ですが、同じころ飛行機の開発に熱心に取り組んでいた「ラングレー」をご存知でしょうか?
ラングレーは、天文学者として既に名声を得ており、また海軍学校で数学教授だったことなどもあり、多くのコネがあり、また潤沢な資金と優秀なスタッフも数多く揃えていました。このため、飛行機の開発分野ではもっとも有名で、マスコミも彼に大注目していました。
一方、ライト兄弟は知名度も資金もなく、殆ど知られていませんでした。
しかし、実際に世界初の成功を成し遂げたのはライト兄弟の方です。
何故だと思いますか?
ラングラーには、飛行機を作りたいとい目的はあったものの、その理由は、「他の誰よりも最初に開発したい、有名になりたい、金持ちになりたい」という動機でした。
一方、ライト兄弟の方は科学者として純粋に「バランスと飛行の問題を解きたい、飛んでみたい」という動機でした。
自分たちのこの思いや信念を周囲の人たちに熱く語り、それを聞いて心を揺さぶされた人たちが、チームの一員として加入していったそうです。このため、飛行機をつくろうと試みた他の沢山のチームが度重なる失敗により開発を挫折していく中、ライト兄弟のチームは最後まで諦めることはありませんでした。これが、ライト兄弟が世界初飛行を成し遂げた理由だそうです。
ちなみに、ライト兄弟の成功を知ったラングラーは、その後、飛行機の開発を一切止めてしまいました。
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如何でしたでしょうか?
これからの時代、自分を、そして組織を強力に動かしていくためには、「自分は、本当に何を望んでいるのか?」をより明確にして、それを伝えていく必要があります。
この質問に答えられますか?また、周囲にそれを語ることができるでしょうか?