心と経営の力学 【No.13】 人材の流動化に備える「マニュアル」の役割
労働人口が急激に減少するなか、人材の流動化が激しさを増しています。これを受け、多くの企業がWEBサイトのトップ画面で「人材募集」を大きく掲載したり、専用ページを設けて労働環境や条件の優位性をPRするのが当たり前のようになりました。10年前には考えられませんでしたよね。
また、こうした状況を受け「ベテラン社員が突然退職してしまう」「社員を採用したがなかなか育たない・戦力にならない」・・・等で、頭を悩ませている経営者も多いのではないでしょうか?
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先日も、住宅設備業U社で同じような事態が起こりました。設置を担当していた4人の内、3ヶ月の間に2人が立て続けに退職してしまいました。1名は15年、もう一名は6年勤務していた社員です。
これにより、顧客である住宅や工場への製品の取付けが半分しかできなくなってしまいました。どんなに頑張って、営業が仕事を受注しても、製造が生産しても、売上げを上げることができません。顧客に迷惑がかかるので、当面は受注をセーブせざるを得ない状況に陥ったのです。
この事態にすぐさま対処するため就職情報誌を通じて募集をかけました。1ヶ月間で約30名近い応募がありましたが何れも未経験者ばかり。最終的に見込みのありそうな2名を採用しましたが、T社長の予想では「ひと通り仕事を覚えて一人前に施工が出来るよになるまでには早くても1年ほどかかる」とのことです。
私が「何とかもっと早く戦力化する方法はないんですか?具体的にどうやって指導するでんすか?」と尋ねると、T社長は「ベテラン社員を手伝いながら、少しずつ覚えていくしかないんです。これまでもそうでしたが、ある程度の時間がどうしてもかかるんです」と、やるせなさそうに答えます。
そう、U社には施工指導の基礎を教える資料も、人を育てる仕組みもなかったのです。
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人材の流動化が進むと、このように、ベテラン社員の退職によってこれまで積み上げてきたノウハウが一瞬にしてリセットされる、採用した新人を一刻も早く戦力化しなければならない、といった事態がどの企業でも起こり得ます。このような事態に備える有効な手段の一つに「マニュアル」があります。
「マニュアル」と聞くと、ルールを厳格に定めた堅苦しいモノ、どこか杓子定規で機械的なモノ、苦労して作っても実際にはあまり役立たないモノ・・・等のマイナスイメージを持つ方も多いと思います。たしかに、導入したものの形骸化して使われなくなっているマニュアルを見かけることも少なくありません。しかし、本当にマニュアルは役に立たないのでしょうか?
ここで、マニュアルの機能についてあらためて整理してみます。まず、直ぐに思い浮かぶのは①「生産・サービスの品質維持」と、②「作業の効率化」だと思います。
そして、さらに重要な機能として③「ノウハウの蓄積」と、④「社員の短期戦力化」があります。もし、この③と④の機能にピンとこない場合、貴社の中に「A:マニュアルをつくる仕組み」「B:マニュアルを使う仕組み」「C:マニュアルを更新する仕組み」が整備されていない可能性があります。
例えば、製造業のM社では「はんだ付け」に関するマニュアルづくりを数十年にわたり続けており、所定のタイミングであらたに追加したり、年に数回更新をしています。また、関係者が必要なマニュアルをすぐに見つけられる、すぐに観られる状態に整備して、作業前に確認するのはもちろん、迷った時の判断基準や、新人の教育資料としてもフル活用しています。
生産性の高い企業は、マニュアルが持つこの「ノウハウの蓄積」と「社員の短期戦力化」という機能を明確に意識して、前述のA, B, Cの仕組みを社内に構築しています。
ここでノウハウを蓄積し始めるポイントですが、最初からキッチリしたマニュアルを作ることを意識し過ぎないことです。先ずは重要業務のフロー図(工程表)から、ベテラン社員と経験が浅い社員の作業品質や作業スピードのバラツキが生じやすい工程をピックアップします。次に、その工程の所望の品質・作業スピードを実現するためのポイントと、安全性を確保するためのポイントを2~3個ずつベテラン社員に箇条書きで挙げてもらいます。これをたたき台にして、少しずつブラッシュアップしていくことでノウハウの蓄積と、実際に機能するマニュアルが出来上がります。あとは、A:作るタイミングとC:更新するタイミングを明確に決めて運用することと、B:使いやすい仕組みを整備していくことです。
いまU社では、施工部に残ったベテラン社員2名のノウハウを元にしたマニュアルづくりを急ピッチで進めています。また、作りながら同時にそのマニュアルを使ってベテラン社員が新人を指導しています。マニュアルを使って教えることで、あらたに追加したり、改良した方がよい内容に気付くのでどんどん改変を繰返しています。加えて、製造部、営業部でも同様の事態に対処できるようにマニュアル作りを開始しました。
T社長はこの光景を見てマニュアルの重要性を理解しはじめました。そして「これまでマニュルなんて作っても無駄だと思っていましたが、こんなに役立つですね。これなら何とか半年ぐらいで戦力になるかもしれません」と語られました。
貴社では、突然の人材の流動に備え、ノウハウを蓄積する仕組みはありますか?